リューリとヴィト

リューリとヴィト

淫楽に微睡む視界の端で長い黒髪が揺れている。
軋む体の中で快楽と苦痛が混ざり合い、その拠点は僕の中にあるのか相手の中にあるのか曖昧で、結合した性器は融けてひとつの生き物になってしまったようだ。
う、とか、あ、とか。僕は惨めに喉声を漏らす。
見下ろしている男は涼しい顔をして髪を振り乱し、目の奥で笑っている。僕はこの男に抱かれているのか、抱いているのか。分からない。快楽と苦痛は触手のように僕の体を、意識を捕らえ、何もかもが分からなくなってくる。
部屋に漂う甘い匂いのせいなのか、男に与えられる快い不健全な刺激に僕は酔っているだけなのか。視界は白く靄がかり溶けていく。苦しい。日常から、生から、切り離されてしまう。
ヴィトさんは、僕の顔を覗き込んで、目尻で微笑んだ。嘲笑うように。面白がっているように。ゆっくりと口を動かしている。何を言っているのだろう。
ゆらゆらと顔に降り注ぐ髪は檻のようだ。

「ヴィトさんの目……」
言いかけて言葉が喉に閊えた。
しまった。不意に口を開いてしまった事を後悔したが遅い。
「怖い?」と、言われ狼狽えた。
ギクリと体を硬くする僕に、ヴィトさんはスッと目を細める。
率直に言えば、怖い。不気味。ゾッとする。
不快にならない言い方はないか、とあれこれ言葉を探ってみたが、見透かされていたようだ。
そうじゃない、と謝ろうか。けど、否定するのもどうだろう。そうです、と言っているようなものじゃないか。などと逡巡している僕を横目に、ヴィトさんは突然アハハと笑いを漏らした。
「怖いんだろう」
「あぁ、その、すみません。悪い意味じゃないんです。上手く言えなくて」
「俺の目、虹彩が瞳孔のように黒いんだよね」
言いながらヴィトさんは手巻き煙草に火をつける。
紙片に包まれた草の中に何が含まれているのか、僕はよく知らない。知ろうとしないだけだけれど。
「だから目が真っ黒に見えるらしくて。ハハ、マジで気にしなくていいよ。昔も、言われたことがある」
「誰に言われたんですか」
柔和に細めていた目が一瞬光を帯びたように見えて僕はまた、しまった、と思ったが、好奇心が抑えられなかった。
けれど、「誰だったかな」と躱されてしまった。
海の向こうから来た。
遠い島から。
それ以上の事を語らない彼の、追憶の欠片が、不意に目の前に零れ落ちた気がしたのに、彼はいつもそれを上手く掻き消してしまう。
怖い。けれど、僕はヴィトさんの目が嫌いではなかった。
それは海が怖いと感じる気持ちに似ている。黒々とした深い海の底を見つめているような、恐怖。絶対的で強大な力を持つ海の魔力に惹きつけられるような、闇。無力な、死への陶酔。
「ひと目で見た限りでは、黒目と瞳孔の区別がつかないように見えるんだよ。でも実際そんなことはない。近くで、よく見れば分かるよ」
ほら、とヴィトさんはぐっと顔を近づけた。
怖いのは、彼の持つ瞳の魔力だ。何か良くない呪いをかけられたように動けなくなる。
「島では珍しくない目だった。俺の……友人も、そうだった」
少し間があるのが気になった。
そういえばリリィも彼と同じ目をしている。
漆黒の大きな黒目と瞳孔の境界が曖昧で、眼窩にぬらぬらと光る宝石を嵌め込んだ人形のような少女。
「吸う?」
差し出された手巻き煙草、煙草なんだろうか。そう思いながらも彼が与えてくれる乾燥草の魅惑を、僕はもう拒否できない。
甘い香りと紫煙に視界が眩む。
肺に深く吸い込むと、奇妙な安らぎを覚える。日常からの解放。もやもやと脳内を巣食う怠惰な厭世感情も、生を手放せない後ろめたさも、劣等感も、疚しさも、全ての負の感情が氷解し、僕は空無に意識を横たえる。
部屋の景色が歪な形に曲がり、傾き、その中でヴィトさんの闇が僕を覗き込んでいた。ヴィトさんの深い海の底を思わせる瞳は、僕に優しい。

指に絡むぬるい舌先の感触に微睡みながら、開け放した儘の扉を思い出した。
リリィに見られてしまう。
横目に白く細い影が見えた気がしたけれど、彼に支配された意識下の中では、もう、どうでも良くなっていた。
ヴィトさんは、僕の顔を覗き込んで、目尻で微笑んだ。嘲笑うように。面白がっているように。ゆっくりと口を動かしている。何を言っているのだろう。
ゆらゆらと顔に降り注ぐ髪は檻のようだ。

タイトルとURLをコピーしました